ドクターデス・スティーブ・ウィリアムスが亡くなったとか

12月31日 - 09時13分
投稿者:笠原さんご
カテゴリ:コラム



 ウィリアムスの初来日は確かに衝撃的だった。しかし、相手が晩年の猪木であったことは彼の力量に対しては不幸なことで、本領を発揮したのはやはり全日本移籍以降だと思う。
 盟友テリー・ゴディとのタッグは入場から迫力満点で、ゴディが派手なロープワークのパフォーマンスをする間、フードを目深にかぶったウィリアムスが高ぶる気を押さえつけるように小刻みに奮えながら仁王立ちしている姿は、今も目に浮かぶ。

 アマレスの実績を持ちながらパワーファイトを前面に出すスタイルは、当時は単調で物足りなくも感じたけれど、打撃にせよボディスラムにせよ一発一発の破壊力は凄まじかった。最たる技が言うまでもない、殺人バックドロップである。
 ボディスラムの体制から対角線のコーナーポストにぶつけて体を浴びせる定番ムーブも懐かしい。あれはもう、彼一代の技だろうなぁ。
 前述の通り、馬場、猪木、ハンセン世代から見るとヒヨッコ、三銃士&四天王世代からはおじさんという中途半端なポジションの中でマイペースを貫いたことで、新日本と全日本マットで主役を張り、時代を彩った。
 晩年はIWAで何度か見>
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