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HOME (Archive) > 1994年のゴジラ松井秀喜
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カテゴリ: 野球も好きです

  1994年のゴジラ松井秀喜

2011-11-05 - 13:31:02  投稿者:笠原さんご 

 現在発売中のナンバーで、1994年10月8日のセ・リーグ最終戦中日対巨人戦のドキュメンタリーを読んで、思い出したことがある。
 この試合の巨人のクリンナップは三番松井、四番落合、五番原。原はON引退後の巨人の四番を担ったものの、オールスターや日米野球の舞台では四番に座ることはなかった。オールスターでは同じセ・リーグに山本浩二や掛布雅之、日米野球ではロッテの落合がいたからで、それまで巨人の四番イコール球界の四番を当然と考えていたファンからは、実に心細く見えたのである。ちなみに引退直後に岩手県盛岡市で行われた日米OBオールスターを見に行ったが、ここでは山本浩、掛布を風下に従え四番に座り、万雷の拍手を浴びていた。
 この心細さを払拭するために巨人が打った手は至ってシンプル、球界の四番を巨人の四番に据えること。落合、そして後には清原と、巨人の戦力補強は大胆なものになって行く。
 外部からの戦力補強が進む中で巨人に入団したのがゴジラ松井であるから、松井もそう簡単には四番の座には座れない。落合、清原、広沢、江藤…、松井がどれほど力をつけても、巨人の四番は遠かった。

 が、この稿の本論はここからで、松井が巨人の四番を任せてもらえない時代、オールスターや日米野球における不動の四番は松井だったのである。
 オールセントラルだろうが全日本だろうが東西対抗だろうが、先ず四番に松井秀喜の名を書いて、前後の打順を埋めていく。同時期にパ・リーグの看板だったイチローにしても、一番か三番か迷っていた時代、松井秀喜の四番としての説得力と存在感は群を抜いていた。
 最終的に松井秀喜は巨人の四番に君臨し、惜しまれながら日本球界を後にするが、とにかく文句なしの球界の四番か、巨人では三番を打たされる時代は印象に残っている。

 今季、クライマックスシリーズにはどうにか進んだものの、見せ場なく敗退した巨人軍。松井秀喜が戻ってくる可能性はあるのだろうか?


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コメント

94年の松井といえば、ろくに練習していないライトの守備が特に序盤
心もとなくて、セの野村克也監督が「将来必ず全日本の四番を打つ
打者」だからといってブラッグス、オマリー、前田智徳を差し置いて
四番を打たせていましたね。だったら将来打たせろよ、と思っていました。
その年のセの外野のベストナインは前田、パウエル、ブラッグスでした。
オールスターの時は初出場のイチローが「真っ先に前田さんに
挨拶に行きます」と言って実行していましたが、全国では松井と
イチローの2ショットばかり映していましたね。

投稿者:山田彰 2011-11-06 13:55:14 



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